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８．一歩の差
オッサンは、電車の扉が開くより一瞬はやく、我々の前に踊り出た。その動きは割り込みというより騙まし討ちに近い。しかしそんな行動に出るのはオッサンだけではなかったのだ。
人間にとって大切なことってなんだろう。いまこのときにそれが道徳ではなく安眠だということをみんな知っている。ここで待つことの意味もみんな理解している。「ムーンライトながら」の自由席、それは蜘蛛の糸なのだ。俺たちはいまカンダダなのだ。
列車が入ってきたとき、進行方向に向かって後ろ側の扉口で待っていたのは正解だったと思った。扉が開く前に「空席がある！」と心の中で叫んでいた。このときにはもう「座れない」という気分は吹き飛び、「座って寝る俺」をハッキリと意識していた。
青年が脇をすりぬけて行く。「こっち、こっち。あった、あった」と声を出している。そこでは遅れをとったら負けなのだ。文句を言っても後の祭りなのだ。我々は食欲だけでなく睡眠欲も旺盛だから、とっさに状況を判断し、走った。そして二つ並んだ座席を確保したのであった。
タッチの差なのである。座れない人は確実にいるのである。車窓からはあきらめて、次の行楽増発列車を待っている人々もいた。この差は人間性の差なのか。オッサンが座れたかどうか定かではない。だが「座れなければいいのに」と思うほど壊れちゃいない俺たちではあった。列車は一路、大垣へと向かう。
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