|
20．青空ラーメン
そこは夢にまでは見ないが、「行かなければ」という欲望に操られるままに目指した地であった。駅から徒歩７〜８分というところだろうか。ＪＲ和歌山駅から和歌山城方面に向かって歩き、最初の大きな交差点を渡って左へまっすぐ行く。はやる気持ちの一本道は長く感じる。道を間違えたかなと思った頃、人だかりが見えた。
行列のできるラーメン屋の看板は行列だ。人が人を呼ぶ。だが行列ができるからウマいラーメン屋だとは限らない。それは埼玉の某有名行列店での経験から悟っていた。とはいえ、そこは天下の井出商店。迷わず最後尾につく。
「外ならすぐ食べられますよ」と店員さんが俺たちに声をかけた。そう。井出商店は道路上で食べられるのであった。
丸椅子が路上に並んでいる。青空のもと、暑い陽射しを浴びながら熱いラーメンを食べる…。うれしいことなのかどうなのか判断がつかないぞ。しかし井出商店の人がそうおっしゃるなら、すぐにでも食べたかった俺たちは「はい（喜んで）」とその提案を受け入れたのであった。なぜか行列から俺たちに続く者はなかった。
俺は特製中華そば（６５０円）＋ゆで玉子（５０円）と早なれずし（１５０円）をたべた。早なれずしは和歌山の名産である。また和歌山ではラーメンを中華そばと呼ぶ。
確かにウマい。それは否定しない。だがしかし、だがしかし！期待が大きすぎたのだろうか。合格点だが「日本一」かと問われるとどうだろう。
ここまでの物語を思い出す。世田谷区豪徳寺「まっち棒」で初めて食べた紀州和歌山ラーメンのすばらしさが発端だった。それはもしかしたら東京風にアレンジされたものだったかもしれない。そして埼玉でがんばるラーメン店と極上の東京ラーメンを食べてきた俺たちの舌が東京ラーメン専科となっていたのかもしれない。
あるいは俺は岩槻市の「石川家」のゆで玉子（煮玉子が正しい）以上のゆで玉子に出会ったことがない。だからこそ、いろんなラーメン屋でゆで玉子をわざわざ注文しては失敗を繰り返した。あれを超えるゆで玉子が他にもあるんじゃないか、そんな幻を追いかけていた。だから井出商店でもゆで玉子を頼み、普通のゆで玉子だったから満足できなかったのかもしれない。
そしてこの青春１８キップの旅へと続く。辿りつくまでの物語があまりにも大きい。現実の井出商店の中華そばを味わったとき、そこに俺たちが望んでいたものはもはや現実の味ではなく、幻想のなかの井出商店だったような気がする。それが井出商店の特製中華そばとの遭遇だったのは不幸なことかもしれない。美味しい中華そばだった。しかしそれ以上ではなかった。
もう一度行けばまた食べたい。きっと大きな物語を背負わずにふらっと出かけて井出商店があったなら、こんな幸せなことはないだろう。爽やかな青空ラーメン。ギトギトせず、あっさりしすぎない絶妙のバランスは流石だ。
よく考えると、俺たちは井出商店を目指して来ながら、店内には入っていない。今度来たときは「井出商店」の店内へ入ってみたいと思う。
|